780円のランチ

 青春の大部分は不手際のうちに空費されるものだ。彼女が、僕の恋人が、やがて僕を完全に捨て去ることは目に見えていた。僕はまだ知らなかったのだ、世の中にはまったく異なった人種、金持ちと貧乏人が存在することを。自分の階級にとどまらなければいけないことを、品物でも、人間でも、値段を聞いた上でしか決して手を触れてはいけないことを、ましてや執着してはならないことを学ぶためには、僕に限ったことではないが、二十年の歳月と戦争が必要だったのだ。
 
                                            『夜の果てへの旅』 セリーヌ
 俺が大学生だった頃、周りの連中は俺に比べて、とてもきらびやかに見えた。だけど、その連中は俺と同じ肌をして俺と同じ言葉を喋って、だから俺は連中とは同じ人間なんだと、そんなことを信じられていた。
 
 だけどその思い込みもとあるランチで打ち砕かれた。
 
 連中に誘われて行った初めてのランチ。そこには780円より安いメニューはなかった。驚いた。連中はさも当然のように次々と900円相当のランチを注文していた。そして俺は恥を偲んで一番安い780円のランチを注文。うまかった。本当にうまかった。だけど、この時ほど俺の懐の寒さを自覚したことなどなかった。
 
 それからというもの俺がどれだけ惨めな思いをしたか。ランチ代780円が惜しいために、嘘をついて連中からの昼ごはんの誘いを断り続けた。連中が780円のランチに行っている間、100円ショップで買ったインスタントラーメンをすすっていた俺。ああ、これが格差社会かと、胃袋から理解した俺。780円のランチ。これが俺の身分を思い知らせてくれたのだ。
 
 格差を知るために、俺には戦争なんてものは必要なかった。780円のランチで十分だった。ああ、ありがとう780円のランチ。